人の人生は、時にほんの小さな違和感から、
大きくその方向を決められていくのだと思います。
私にとって、その違和感とは、歯科医師になって間もない頃、診療のたびに胸の奥に残り続けた一つの問いでした。
痛みを訴えて来院される患者様を前にするたび、
私は思わずにはいられませんでした。
なぜ、もっと早く防ぐことができなかったのだろう。
なぜ、この方はここまでつらい思いをする前に、
守られることができなかったのだろう。
虫歯を削り、人工物を詰め、歯の神経を除去し、冠を装着し、入れ歯を作り、口腔機能を回復させる。
それは確かに医療として必要であり、
目の前の苦しみに応える大切な仕事です。
けれど、どれほど丁寧に治療を重ねても、再び同じ苦しみに戻ってしまう現実を前にすると、私は次第に、治療だけでは届かない場所があることを知るようになりました。
本当に守るべきものは、一本の歯だけではありません。
その方がその方らしく食べ、語り、笑い、年齢を重ねてもなお、自分の人生を自分の足で歩いていけること。
歯科医療とは、本来、その日常を支えるためにあるのではないか。
そう考えるようになってから、私の中で医療の意味は少しずつ変わっていきました。
治すことの先に、守ることがある。
対処することの先に、育てることがある。
私はその静かな確信に導かれるようにして、
「予防」を医療の中心に据える道を選びました。
芦屋ラポルテ歯の予防クリニックは、そうした思いの中から生まれました。
私はこの場所を、単なる治療、処置のための空間にはしたくありませんでした。
痛みが出たから来る場所ではなく、痛みを生まない未来のために通う場所であってほしい。
悪くなったものを元に戻すだけではなく、悪くならない人生を支える場所であってほしい。
患者様がここを訪れることで、ご自身の健康を守ることの意味を知り、その積み重ねが未来の安心へとつながっていく。
そんな医療のかたちを、私はずっと思い描いてきました。
しかし、医療の価値は診療室の中だけで完結するものではありません。
どれほど質の高い専門的なケアがあっても、
人の暮らしそのものが変わらなければ、真の意味で健康は守れない。
だから私は、医院の外へも視線を向けるようになりました。
日々の生活の中に予防が根づき、医療と日常が自然につながっていくこと。
そのための挑戦が、CELUMIX株式会社における取り組みです。
診療の現場で見えてきた課題を、製品や仕組みに変え、家庭の中へ、社会の中へと届けていく。
それは経営のための事業ではなく、私にとっては、医療を日常の中にまで責任を持って延ばしていくための、もう一つの実践です。
私の医療観を決定的に形づくったのは、若い頃に出会った、
ある患者様の言葉でした。
神戸大学口腔外科で研修していたときのことです。
ある入院患者様が、回診の際、静かにこう語ってくださいました。
「先生、私の命は限られている。けれど、貴方の学びになるなら、私はどんなに苦しく痛い治療でも耐えられる。私の体で治療を勉強して、
次の誰かを救うのに役立ててください。」
あの言葉を、私は今も忘れることができません。
人は、自らの苦しみの中にあってなお、
次の誰かのために願いを託すことがある。
医療者は、その思いの上に立たせていただいている。
知識や技術だけでは届かない、医療の厳しさと尊さを、
私はあのとき初めて真正面から教えられた気がしました。
患者様の眼差しと、手のぬくもりは、
長い年月を経た今もなお、私の胸の奥に静かに残り続けています。
だから私は、医療に慣れたくないのです。
診療を重ねるほどに、むしろ一人ひとりの重みを、
より深く受け止められる人間でありたいと思っています。
目の前の症状だけを見るのではなく、その方の人生の背景にまで思いを馳せたい。
今ある問題を解決するだけでなく、その先の時間まで見据えて支えたい。
理事長として組織の方向を示すときも、院長として患者様の前に立つときも、代表取締役として新しい価値を社会に届けようとするときも、
私の中にある願いはいつも同じです。
それは、医療をもっと本質的なものにしたいという願いです。
私が目指しているのは、ただ上手に治す医療ではありません。
歯をできる限り削らず、歯をできる限り抜かず、
そして何より、歯を失う前に守る歯科医療です。
再発を繰り返させるのではなく、
再発しない未来にまで責任を持つ医療です。
その方がこれからも食べることを楽しみ、笑うことにためらわず、
人と向き合うことに自信を持ち、人生の豊かさを失わずにいられること。
私は、歯科医療とはそのためにこそ存在すると信じています。
理事長という立場は、理念に責任を持つことだと思っています。
院長という立場は、目の前の一人に誠実であることだと思っています。
代表取締役という立場は、その理念を社会に届くかたちへ変えていく責任を担うことだと思っています。
三つの肩書は、外から見れば別々に映るかもしれません。
けれど私の中では、それらはすべて一つの流れの中にあります。
患者様の未来を守りたい。
その願いが、形を変えながら、今の私の仕事のすべてを支えています。
人生は、治療だけでは豊かになりません。
守られているという安心、続けていけるという実感、そして自分の健康を自分でも大切にできるという希望があって、はじめて人は前を向けるのだと思います。
私はこれからも、その希望を支える側でありたい。
診療室の中でも、社会の中でも、静かに、しかし確かに、人の未来を守る仕事を続けていきたいと思っています。
若い日に抱いた問いは、今も私の中で消えてはいません。
むしろ、その問いがあるからこそ、私は立ち止まらずにいられるのだと思います。
なぜ、もっと早く防げなかったのか?
その問いに対して、昨日よりも誠実に、今日よりも深く、明日は応えられる自分でありたい。
その積み重ねこそが、私にとっての医療であり、経営であり、人生そのものです。
そしてこれからも私は、
歯を削る前に守ること、
歯を失う前に支えること、
託された思いに恥じぬ仕事をする事を、
自らの変わらぬ軸として歩み続けます。
それが、私がこの道を生きる理由です。
<経済界、スポーツ界、文化・芸術など、様々な分野で活躍する人たちにの「覚悟」に焦点を当てたWebメディア、「私のカクゴ」に取り組みや日ごろの想いを取り上げていただきました。よろしければご覧ください。>
https://www.kakugo.tv/person/detkyj6zb.html
何も起こらないという時間は、
人生において、もっとも静かで、
もっとも深い安心なのかもしれません。
その静かな安心を、共に育んでいきませんか?
まずは、相談だけでも大丈夫です。
あなたのお話を聞かせてください。
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