― ご家族が少しだけ心を痛める季節 ―
6月になると、多くの学校で歯科検診が行われます。
ある日、お子さんがランドセル、カバンの中から一枚の紙を取り出します。
「むし歯の疑いがあります。」「歯並びについてご相談ください。」
「歯石がついています。」「歯肉炎の疑いがあります。」
「受診をおすすめします。」
そんな文字を見た瞬間、ご家族の胸は少しだけ曇ります。
「毎日仕上げ磨きをしていたのに。」「定期検診にも連れて行っていたのに。」
「どうして?」
そう思われる方も少なくありません。けれど、まずお伝えしたいことがあります。
それは、決してご家族の努力が足りなかったわけではない。ということです。
私が歯科医師になった30年以上前。子どものむし歯は今よりずっと多く見られました。
むし歯が何本もあることは珍しくなく、むし歯予防薬で歯は真っ黒、
小学生で神経の治療を受けるお子さんも少なくありませんでした。
しかし現在は違います。統計的にも、そして日々の臨床でも、
子どものむし歯は劇的に減っています。その背景には、ご家族の努力があります。
夜眠る前の仕上げ磨き。眠そうな子どもを膝に乗せて磨いた時間。
嫌がる日もあったでしょう。忙しい日もあったでしょう。
それでも続けてきた。定期的に歯科医院へ通う。
フッ素塗布を受ける。食生活に気を配る。
そうした積み重ねが、今の子どもたちのお口を守っています。
そして近年、私が学校検診で特に感じる変化があります。
それは、矯正治療を受けている子どもたちが非常に増えたことです。
ワイヤー矯正。マウスピース矯正。床矯正。
以前ならほとんど見られなかった学年でも、今では多くの生徒さんが治療を受けています。
これは単なる流行ではありません。ご家族が、
歯を「消耗品」ではなくお子様の「資産」と考えるようになった。
その表れだと思います。
歯は一生使うものです。食べるためだけではありません。
笑うため。話すため。人と向き合うため。
人生そのものを支える大切な器官です。
だからこそ、予防歯科を推進する私たちにとって、
こうした変化は本当に嬉しいことなのです。
そして、この時期になるとよくいただく質問があります。
「先月、かかりつけの歯科医院で診てもらった時は何も言われなかったのに、学校検診でむし歯と言われました。」
逆に、「学校検診では問題ないと言われたのに、歯科医院ではむし歯が見つかりました。」
どちらが正しいのでしょうか。実は、どちらも間違っていないことがあります。
学校検診は、限られた時間の中で多くの生徒さんを診る検診です。
診療室のようにレントゲンを撮ることもできません。
器具も限られています。そのため学校検診の目的は、
「確定診断」ではありません。
「異常の可能性があるので、詳しく診てもらってください。」
というスクリーニングです。
むし歯の疑い。歯肉炎の疑い。歯並びの問題。顎関節の問題。
そうした可能性を見つけることが目的です。
つまり、学校検診で紙をもらったからといって、必ずしも病気が確定したわけではありません。
一方で歯科医院では、明るい照明。拡大視野。レントゲン。
必要に応じた精密検査。
学校では見つからなかった小さな変化が見つかることがあります。
だから、学校検診で異常なしだったとしても、歯科クリニックで新たな問題が見つかることがあります。
逆に、学校検診で受診勧告を受けても、精密検査の結果、問題なしと判断されることもあります。
どちらも不思議なことではありません。
見ている目的が違うからです。学校検診は病気を確定するためのものではなく、
見逃さないためのもの。歯科クリニックは、その先を詳しく調べる場所です。
ですから、学校から紙をもらった時に必要以上に落ち込む必要はありません。
その紙は、「お子さんのお口をもう一度、精密に確認する機会をつくってくれたお知らせ」なのです。
そして私たちは、むし歯や歯並びだけを見ているわけではありません。
お口の環境そのものを見ています。
定期検診では、むし歯のチェック。歯肉炎の確認。歯並びの観察。クリーニング。フッ素塗布などの予防処置。
さらに当クリニックでは、お口の環境を整えるという考え方から、
alpdc(アルファDC)療法もご提案しています。
alpdc(アルファDC)療法 (※詳細は別途投稿済み)は、
むし歯や歯周病を治療するためのものではありません。
お口の中の環境が大きく崩れないよう、日常の中で健やかな状態を維持することを目的としたケアです。
歯を守るということは、むし歯を治すことだけではありません。
むし歯になりにくい環境を育てること。将来、できるだけ歯を削らずに済む未来をつくること。
その積み重ねこそが、本当の予防だと私たちは考えています。
30年前と比べると、子どもたちのお口の環境は確実によくなっています。
けれど、むし歯も歯肉炎も、歯並びも、完全にゼロにはなっていません。
だからこそ、学校検診とかかりつけ歯科医院。その両方が大切です。
お子さんの歯は、これから80年、90年と使い続けるかもしれない大切な資産です。
その未来を守るために、6月の一枚の紙は、決して不安の手紙ではなく、
未来を守るための小さな招待状なのかもしれません。
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